看護学?リハビリテーション学研究

看護学?リハビリテーション学研究からのアプローチ

子どもたちの言葉の 健やかな成長をめざして

中村 哲也 准教授
医療福祉学部 リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻
中村 哲也 准教授
大学で心理学を学んでいた中村先生が、言葉やその発達に関心を持つようになったのは大学を卒業した後のこと。授業でことばの障害に関する分野があることを知り言語聴覚士をめざすようになったといいます。現在は子どもたちの構音の発達状態を数値化し、専門家でない方でもその子どもが訓練を必要としているか否か判断できるようにする指標を作るための基礎研究を行っています。

言葉の発達度合いを見極める

私たちが普段何気なく使っている、コミュニケーション手段の一つである「言葉」ですが、その成長には段階と個人差があると言われています。「基本的には6歳くらいまでに全ての音を発語することができるようになると言われています。早いと2歳くらいで上手に発音できるようになる子もいますが、一方で5、6歳になっても発音を誤ったままの子どももいます」と話してくれた中村先生は、幼児期の発音の誤りが発達途上で問題がないのか、あるいは訓練が必要なのかを、専門家でない人でもひと目で分かるよう数値化し、定量的に判断できるようになることが、子どもの発音の誤りに対して訓練を実施するか否かを判断するうえで重要なことであると位置付けています。「子どもたちの発音の誤りが発達途上で問題がないのか、訓練が必要な状態なのかを判断するのは経験の浅いセラピストでは判断に迷うことがあります。それを数値化し、訓練が必要かどうか判断する指標があれば、訓練が必要な子どもが見逃されることが少なくなると考えています」。



言語聴覚士をめざす前に学んだ統計心理学の知識が活きていると語る中村先生

口腔内の運動能力が未発達なことで起こる発音の難しさ

子どもが言葉を習得する際、「発音しやすい音」と「発音が難しい音」があるという中村先生。「これはどんな子でもほとんど共通していて、母音は特に発音しやすいと言われています。ほかには“ん”や“ぱ”、“ま”も、すぐに覚えて使いこなせるようになります」。逆に難しいとされるのが「さ」、「つ」、「ら」、「ず」といった音。例えば、「さかな」という単語を「しゃかな」や「たかな」と発音してしまっている子どもを見たことがあるという人もいるのではないでしょうか。「子どもは舌や唇の動きが未発達で、口の動かし方が複雑な音は発音しにくいと言われています。この場合、子ども自身が持つ発音のレパートリーの中から一番近い音に置換されて発音されるため、“さ”が“しゃ”や“た”に変換されるといったことが度々発生します」と、中村先生はそのメカニズムについて教えてくれました。

構音障害の検査?治療は言語聴覚士の役目

通常、子どもたちは特別な訓練を受けなくても日常生活の中で学び取り、年齢が上がるにつれて徐々に発音できる言葉のレパートリーを増やしていきます。「さかな」の意味も、その音も分かるのに、言葉として発すると「しゃかな」になってしまう。このとき多くの子どもは自分の発音が間違っているということに子ども自身が気付き、修正していくことで正しい発音ができるようになりますが、そのまま誤った発音のまま修正できない子どももいるのだといいます。「多くの子どもは、自分で発音の仕方を修正し、年齢に応じて正しい発音を覚えていきます」。しかし、それが難しい子どもたちがいるのもまた事実。「一つは、明確な原因がなく発音の仕方を間違えて覚えてしまっているケースがあります。これは機能性構音障害と呼ばれ、クリニックやことばの教室などで発音の練習を行うことで改善することができます。また、音の認識や操作が苦手なために自分の発音のどこが間違っているかということに気付けなかったり、頭の中でひとつひとつの音の並び順を意識することが苦手な場合でも、発音の誤りが起こることがあります」と話してくれた中村先生。その言葉がどんな音で構成されているか、それが指し示す言葉はどのような意味を持つのか、複数の事柄に同時に意識を向けることを苦手とする子どもでは発音の改善に時間がかかることがあります。



検査ではイラストが示す単語の最後の音が違うものを選ぶことを通して、音の認識や操作の能力についてチェックします

言語聴覚士として構音検査に携わることも

舌や唇、口蓋の形状異常や運動能力の問題、難聴、知的発達の遅れなどさまざまな原因のために発音がうまくできなくなります。海外では、家庭の経済状況や家庭環境なども発音の発達に影響を及ぼすと考えられていますが、一般的にはさまざまな要因が複合的に絡み合って障害として現れているという見方が一般的となっています。東北文化学園大学が運営する国見の杜クリニックにも構音障害の疑いがある子どもが来院することがよくあるそう。「私も言語聴覚士の立場として発音や発達の検査などを行い、発音するときの言葉の誤り方からどのように舌や唇が誤って動いているのかを精査し、全般的な発達との関連を考慮しながら、訓練を行うかどうか検討しています」。そう言って中村先生が見せてくれたのは、さまざまなイラストが描かれた紙と、構音検査に使用するEPG(エレクトロパラトグラフィ)と呼ばれる機械。「子どもにイラストを見せ、何が描かれているかを当ててもらうことで、言葉の発達が順調かどうかを判断します。機械の方は、歯科医師が治療で患者さんの歯の型をとるように、一人ひとりの口蓋に合わせて作られた電極を上顎に装着し、舌と口蓋の接触状況から発音の状態を確かめられるようになっています」。



調音動態を測定するための生理学的検査機器(EPG)


電極を配置した人工口蓋床を装着し、舌と電極が接触すると信号検出器が反応するしくみ

検査の健常範囲を明らかにし、実用化をめざす

発音や言葉の発達に遅れが生じたまま成長すると、特にコミュニケーションの面で課題を抱えやすくなります。構音障害の疑いがあれば適切な時期に適切な治療を行う必要がありますが、そのためにまず必要となるのが「子どもが構音障害かどうかを正確に見極める」こと。しかし、現在日本で行われている小児の構音検査では「どの音がどのように誤っているか」についての検査結果しか示されないため経験の浅い検査者では結果の解釈が難しく、訓練が必要な子どもが見逃されてしまうというケースが多くあります。「海外では発声や発音の状態を客観的な指標として算出する検査法が開発されていますが、日本語に対応した方法はまだ確立されていません。検査の健常範囲を数値として示すことで、訓練の必要があるかどうかを判断する基準を作成していきたいと考えています」と、今後のビジョンについても語ってくれた中村先生。指標が明確になることで、検査者の経験や専門的知識の有無に左右されることなく子どもたちの発音の発達状況を見極められるようになることが期待されています。