学生たちの卒業論文に寄せて
総合政策学部教授 飯笹佐代子
毎年2月の楽しみは、ゼミ生たちの卒業論文が仕上がってくることである。3年次から同じテーマを貫く人、何度もテーマを変えながら一つに辿り着く人、テーマ探しにじっくり時間をかける人など、いろんなタイプの学生がいる。自分で見つけるプロセスが何より重要だと思うので、テーマ選定に関しては口出ししないことにしている。いや、こういう言い方は不遜かもしれない。学生たちの発想は私の想定をはるかに超えて個性的かつ豊かであり、刺激を受けているのは、実は私の方である。
T君は就職活動で疲れたときに、癒しを求めて懐かしいウルトラマン?シリーズをビデオで再生してみたら、そこで振りかざされる「正義」に違和感を覚え、「正義論」について探求することになった。政治哲学としての正義論は、かのマイケル?サンデルによって日本でもずいぶん身近なものになった感があるが、ウルトラマンという切り口からは、正義感をめぐる日本独自の社会的、時代的な背景がみえてくる。
ファッションや流行に人一倍関心を持っていたHさんは、「ファスト?ファッション」について調べ始めたら、環境問題や労働環境に目を開かされ、ひいては市場主義に翻弄される「生き方」に直面することになった。最新の流行を採り入れながら低価格かつ短いサイクルで大量生産?販売される「ファスト?ファッション」は、消費者を引き付ける。その一方で、工場のある途上国では製造過程で使われる化学物質で河川や大気が汚染され、また、人々は過酷な労働環境で酷使されている。流行遅れの服を次々と捨てることによるごみ問題も存在する。
一昨年、山形県内最年少で狩猟免許を取得したS君は、それを契機になぜ狩猟が必要なのかについて森林農作物被害から食のあり方まで含めて考察した。音楽好きのY君は、音楽CDの再販売価格維持法から音楽産業の将来を論じてみた。もっといくつも紹介したいが、残念ながら紙面が足りない。
他方で正直に言えば、卒論が形になるまでの過程は私にとっても決して楽な道のりではない。学生たちにしても、「パクリは絶対にだめよ」と繰り返され、引用の仕方、注の付け方、出典の書き方などに一々注文をつけられれば、一度ならずウンザリしたことだろう。だが、それを乗り越えてこそ論文としての完成度は高まる。
自力で調べ、思わぬ発見に遭遇したときのワクワク感、試行錯誤しながら文章を綴り、書き終えたときの達成感。こうした経験は貴重である。それを自信につなげて是非とも今後の人生に活かしてほしいと、切に願っている。